芸能界でもおしどり夫婦と言われている湯原昌幸さんと妻・荒木由美子さん夫婦ですが、実は壮絶な結婚生活を経験されています。
結婚後まもなく始まった姑の介護や、嫁・荒木由美子さんを襲った病気などかなり苦労されたようです。
また、子供(息子)は30代医師で同居しているとも言われていましたが現在はどうしているのでしょう。
今回は、 湯原昌幸さんと嫁・荒木由美子さんとの馴れ初めや姑の介護や病気壮絶人生、また子供(息子)の現在についてもお伝えさせていただきます。
湯原昌幸と嫁・荒木由美子との馴れ初め!
歌手で俳優の湯原昌幸さんと女優でタレントの嫁・荒木由美子さんは、芸能界でもおしどり夫婦と呼ばれています。
1983年に結婚され、2023年で結婚40年を迎えられました。
2年前の結婚38年目の記念日には、
と、夫・湯原昌幸さんは妻・荒木由美子さんに感謝しておられました。
では、そんなおふたりの馴れ初めを見てみましょう。
湯原昌幸と嫁・荒木由美子の馴れ初め!

湯原昌幸さんと荒木由美子さんのの年齢差は13歳あるのですが、どんな馴れ初めなのか気になりますね。
おふたりの共演は、1979年荒木由美子さんが司会の『正解のないクイズで』共演されています。
また、共通の友人がいるグループで食事に行くメンバーだったそうです。
その時、荒木由美子さんにとって湯原昌幸さんは完全に安全パイだったそうで、後に交際するとは思っていなかったといいます。
交際のきっかけは、
ことからのようで、湯原さんが荒木さんに交際の申し込みをしているんですね。
荒木さんとしては、恋愛の対象外だった湯原さんからの告白。
遊びは嫌だった荒木さんは、
と返事を返し、間もなく湯原さんがプロポーズされたそうです。

そして、1983年9月におふたりは結婚され、荒木由美子さんは芸能界を引退されました。
しかし、その後の新婚生活はまさかの事態に陥ります。
【壮絶人生】湯原昌幸の嫁・荒木由美子の姑の介護や病気発症!

湯原昌幸さんと妻・荒木裕子さんですが、新婚生活は甘いものとはならなかったようです。
それは、湯原昌幸さんの母親の介護、そして病気の発症です。
この結婚式の写真を撮ったときには、姑さんが病気になるとは思わなかったでしょう。
結婚2週間目に姑は入院!
湯原昌幸さんと荒木由美子さんが結婚され、その2週間後に姑さんは入院します。
病気は、
です。
それ以外にも、「高血圧」「心臓肥大」などの生活習慣病にかかっていたそうです。
最初の入院は2か月ほどだったそうで、その入院中義母は、
『(病院の食事よりも)由美ちゃんの作ってくれたものが食べたいの』
という母に毎日家でおかずを作り病院に持っていったそうです。
新婚早々同居!
荒木由美子さん、周りからは「新婚早々同居?」と言われていたそうです。
ですが、
と心に決めていたそうです。
包容力のある夫、そして優しい母のため尽くしていこうと決めていたんですね。
荒木由美子さんは、幼いころから両親が共働きだったため、食事や身の回りの事、家事全般をこなせたそう。
荒木さんは義母のために尽くすことが当たり前という気持ちもあった、心優しい方なんですね。
姑の自宅介護・妊娠・流産の危険!
姑さんは退院しましたが、3か月に1度の入院生活が繰り返されます。
そして、自宅介護、入院と忙しくしている最中、妊娠したことがわかります。
周りからは、
「妊娠中はあまり病院へは行かないほうがいい」
「そんなに動き回っては体に堪える」
とアドバイスされるもあわただしい日々が続いたといいます。
1日病院に行かないだけ、自宅療養中に買い物に行くだけで姑さんは、
「由美子さんがいない」
と心配し寂しがったそうで、休んでいるわけにはいかないと慌ただしい日が続きます。
そして、妊娠5カ月目に流産に危機に陥り3日間の入院、そして9か月目には切迫早産しそうになり、絶対安静状態に。
夫・湯原昌幸さんは、
と、いつも励ましてくれていたそうです。
しかし、荒木さんの性分、そして芸能界を辞めてまで選んだ結婚、自分で選んだ道なのだからと実家の母にも相談せずやっていったということです。
今思うと頑張りすぎとも感じているようですが、その時の気持ちは必死だったんでしょうね。
その後、無事長男を出産されました。
妻・嫁・母 一人三役!
無事に長男えお出産しましたが、その後は「妻として、嫁として、母として」忙しい日々が続きます。
子供への授乳中でも、姑の世話をしていたそうです。
そして、息子の世話をしていると、姑がやきもちを焼くそうで、夫が帰ってくると夫の世話もしたくなるそう。
こんな時もあるそうで、
- 義母が「由美ちゃ~ん!」と叫ぶ。
- 夫が「由美子~!」と呼ぶ。
- 息子が「ママちゃ~ん!」と甘える。
と同時に、荒木さんをよぶそうで、その時居合わせた親戚が、
「この家には何人の由美ちゃんはいるの?」
と呆れて驚いていたそうです。
なんか、想像つきますね。
それほど、頼られていたんでしょうね。
そして結婚3年目に姑が認知症を発症します。
姑が認知症に!
姑の介護、息子の世話、夫の身の回りを忙しくこなしている最中、突如訪れたのが姑の認知症です。
その始まりは、猛烈な不機嫌だったそうです。
「おばあちゃんお茶を飲む?」と聞くと「お茶なんかいらない!」と怒るようになり、外出して帰ると「ブラブラしてどこに行ってるのと」怒るように。
そして、食事を作っても食べずに総菜を買ってきて食べるようになったそうです。
「そのときは認知症が始まっていると気づかずに、どうしてだろう、私の何が気に入らないんだろう、とただただ悲しい気持ちでした。」
引用:ポストセブン
そんなことがあっても、夫には相談しなかったそうです。
それは、夫にとっては母親だから悪口は聞きたくないだろうと思ったからだそうです。
そして、
「ここにお財布置いてあったんだけどしらない?」
と荒木さんを疑うようにも。
夫である湯川さんもそんな母に対して叱ったりもしていたそうですが、荒木さんは「私はいいからケンカはしないで」といさめたといいます。
姑の態度が明らかにおかしいと思い主治医に話すと、認知症の始まりかもしれないと告知されたそうです。
夫に母の認知症に気づいてなかったそうで、かなりショックを受けていたそうです。
姑の手のぬくもり!
姑の認知症は日に日にひどくなっていき、結婚から10年たったころには姑はいつでも荒木さんを探すようになっていったそうです。
できるだけ手をつなぎ、『大丈夫私はここにいるよ』と声をかけて、安心させるようにしていました。
「お年寄りの手って独特の柔らかさとぬくもりがあるんです。シワシワなんだけれど、フワフワしている。顔を見ないで手だけを触ると、憎しみが消えるんです。あぁ、もうイヤ!と思うときも、あの手のぬくもりを感じると、『まだ私は大丈夫』と思う。不思議ですよね、人のぬくもりって」
引用:ポストセブン
長い介護ているうちに、見えない絆のようなものができていったんでしょうね。
そんな介護生活が7年間続き、母の介護は自宅でという思いが途切れることにいなります。
荒木由美子に病気発祥!自律神経失調症に!
姑の自宅介護に奮闘する最中、荒木さんに病が襲い掛かります。
「最初はゴソッと髪の毛が抜けました。そして胃痙攣、手の震え、泣くつもりはないのに涙が溢れてくる……。自律神経失調症です。」
引用:ポストセブン
これで、フォローしようとする夫、様子を見守る息子も疲れ果て、家から笑いが消えてしまったそうです。
そして、
張りつめた空気の中で、それを打ち破るように夫が義母の首に手をかけたとき、必死にそれを止めながら、『このままじゃ、みんながダメになる』と、心からそう思ったんです」
引用:ポストセブン
夫・湯原昌幸さんも限界だったのでしょう。
これ以上家族で介護するのは難しいと、施設に預ける決断をしたそうです。
姑を施設へ!
当時は、今のように介護施設が充実しておらず、家庭での復帰を目指してリハビリする老健(介護老人保健施設)しか預ける選択肢しかなく、3カ月に一度退院しなければなりませんでした。
なので、2つの施設を順番に行き来する入院生活となりました。
姑は3か月ごとの転院に、
『私をどこに追いやるの!』
『由美ちゃんの意地悪!』
と言ったりしてたそうですが、病院のスタッフの方々の上手な慰めで、次第に落ち着いて入院するようになったということです。
姑が甘えるように!

入院生活は徐々に安定していき、姑は荒木さんに甘えるようになっていったそうです。
「義母の状態も安定していましたが、一層、私に甘えるように。好物のおいなりさんを持って面会に行くと『由美ちゃん、だ~い好き!』と喜んでくれたり、施設にいるほかの方を褒めるとやきもちを焼いたり、外出のときに私と同じ色の口紅をつけて、真っ白な髪の毛に紫色のカラーメッシュを入れてあげると大喜びしたり。おおむね穏やかな日々でした」
引用:ポストセブン
穏やかな入院生活は8年続いたそうです。
その間も、荒木さんは施設に通い続けたといいます。
そんな、姑との日々も終わりが迫っていました。
姑『由美ちゃんありがとうね』
2002年末、姑に急性白血病の疑いと診断されます。
そして年が明けてすぐに容態の悪化の知らせがあり病院に駆け付けます。
すると、病気とは思えないほど顔色がよかったそうです。
家族揃って「あけましておめでとう」と言いあい、認知症の症状もまったく感じさせない元旦だった。続く三が日の間の義母は、ボケることは一切なく、話し、笑い、また話す。荒木さんは、こんなに穏やかに家族の時間を過ごせたのは、どれくらいぶりだろうと思った。
引用:ポストセブン
容態が悪化したとはいえ、とてもいい穏やかな時間が流れたようです。
しかし、4日の朝にはそれまでがうそのように衰弱し、意識が戻っては遠のいての繰り返しだったそう。
そして、姑は荒木さんの手を握って、
『由美ちゃん、ありがとうね』
と何度も何度も繰り返し、優しく頬をなでていったそうです。
その3日後、2003年1月9日に姑は永眠されました。
結婚から20年間という長い時間、母の介護をされてきた荒木由美子さん、壮絶ではありましたが最後はとても満足されたのではないでしょうか。
夫・湯原昌幸さんにとっても、最高の妻ですね。
湯原昌幸と嫁・荒木由美子との子供(息子)の現在!

湯原昌幸さんと、荒木由美子さんには一人息子がおられます。
結婚して1年後の1984年に誕生されています。
2023年で年齢は39歳になられます。
名前や顔画像は公表されていませんので残念ながらお伝え出来ませんでした。
現在、医者をしているのではないかとの噂もあるようですが、それは単なる噂だけのようで、発端はわかりませんでした。
湯原昌幸と荒木由美子の息子は結婚している!
2017年6月、荒木由美子さんがフジテレビの「バイキング」に出演された際、当時32歳の息子がまだ家で同居しているという話をされました。
それに対して、坂上忍さんが「えっ?」と驚くシーンがありました。
なので、荒木由美子さんの息子さんがまだ家にいるのかと思いましたが、現在は結婚されているようです。
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息子さんは2019年に結婚されたそうです。
インスタには、湯原さんが息子の嫁に酌をしてもらって喜んでいますね。
とても仲がよさそうです。
この食事会に子どもさんがおられないので、まだ誕生はされていないのかもしれませんね。
【壮絶人生】 湯原昌幸と嫁・荒木由美子との馴れ初め!介護や病気・子供(息子)の現在についても!まとめ!
今回は、 湯原昌幸さんと嫁・荒木由美子さんとの馴れ初めや姑の介護や病気壮絶人生、また子供(息子)の現在についてもお伝えさせていただきました。
20年の介護生活は長かったですが、しっかりやり遂げた妻・荒木由美子さんは素晴らしいですね。
最後には姑といいお別れができたのではないでしょうか。
息子さんも結婚され、孫の顔が早くみたいでしょうね。

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